2019年12月31日

日本のシェークスピア

今年は近松門左衛門ゆかりの兵庫県尼崎市を訪ねました。

近松のお墓のある廣濟寺の隣りに近松公園が整備され、その中に近松記念館があります。


近松門左衛門は1653年承応2年、越前福井で武士の二男として生まれました。本名は杉森信盛(すぎもり のぶもり)
館内の展示品などを説明して下さったボランティアの方によれば、まるで早口言葉のような名前!

父親は近松の少年時代に浪人となり、一家は京都へ。青年時代に公家に仕え、ここで様々な事を学び芝居の世界へ入っていったそうです。

歌舞伎を離れて浄瑠璃の執筆に専念したのは53歳のこと。ここから20年の間に名作と言われるもののほとんどを書いたというから驚きです。



さすがに366年前に生まれた方なので、実際に使っていた品は少なかったのですが、例えば黒漆がすっかり剥げてしまった文机。当時はさぞかし立派だったことでしょう。それに幅の広い大きめの硯に、携帯筆記用具の矢立が展示してありました。
これを目にして、ようやく文学史に名を遺す歴史上の人物という遠い存在だった近松が、実際に生きていた人なのだと感じることが出来ました。



『大経師昔暦(だいきょうじむかしごよみ)』(おさん茂兵衛)の朗読会の前に、
NHK仙台放送局で番組を担当していた頃に大変お世話になり、退職後は歌舞伎ウォッチャー・作家として執筆活動をされている大原雄さんから、近松について伺うことが出来ました。それによりますと、


近松は、日本のシェークスピアです。

封建的な時代に生きながら、時代の中の近代性の萌芽を見つけて、人形浄瑠璃という、当時のテレビメディアをフルに使って、物語を書いた劇作家です。
江戸時代、歌舞伎や人形浄瑠璃は、テレビと同じ役割を果たしたメディアなんですね。

瓦版は、新聞ですが、ビジュアルなメディアは、歌舞伎や人形浄瑠璃しかなかった。

おさん茂兵衛は、不義密通ものですが、近松は、心中ものの第一人者です。

彼はジャーナリストで、事件記者で、プロデューサーです。



近松は浄瑠璃作家という認識でしたが、メディアのジャーナリストや事件記者という視点が面白く納得のいくものでした。


実際の大経師の妻おさんと手代茂兵衛の事件は、丹波の国に隠れていたところを捕らえられ、1683年9月22日、密通の罪で京の町中を引き回しの上磔の刑に処せられました。二人の仲立ちをした下女のたまも同日死罪になったとか。

その後1715年のお正月に、おさん茂兵衛の33回忌の追善興行として大阪竹本座で上演されたそうです。



『大経師昔暦』は、読んでみると現代に生きる私達にはわかりにくい文章ではありますが、暦を作り宮中におさめていた大経師の妻という立場からか、八十八夜、庚申、甲子、危日、滅日、黒日等々、数多くの暦に出てくる言葉が散りばめられています。このような形式で作品を作りあげた近松の言葉の感性は本当に素晴らしいと思いました。
声に出して読んでも聞いてみても、とてもリズムや調子が良く、日本語の心地良さを感じさせてくれるものでした。


香川京子さん、長谷川一夫さん主演で『近松物語』(1954)として映画化されています。原作とは少し違った演出もありますが、宜しければご覧になってみてはいかがでしょうか?






posted by ヒロリン at 11:28| Comment(0) | 朗読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月29日

意志こそチカラ

令和まであと少し。
少しでも清々しい気持ちで迎えたくて、これまでの書類などを整理していたら
登山家 田部井淳子さんのお話を伺った時のメモが出てきました。
平成の仕事の思い出の一つとして記したいと思います。


田部井さんといえば昭和50年(1975)世界最高峰エベレスト8848m(ネパール名:サガルマータ、中国名:チョモランマ)に女性として世界で初めて登頂に成功した方です。


昭和44年(1969)に『女子だけで海外遠征を』を合言葉に女子登攀クラブを設立し、目標に据えたのがエベレストでした。その後の準備期間の中で、まずは仲間を増やそうと上野や新宿などで見知らぬ女性達に「一緒にエベレストに登りましょう」と声をかけたそうです。
登山をしたことのある女性は皆「エベレストに登ってみたい!」「登れなくても近くで山を見てみたい!!」と言うのですが、その後に でも の二文字がついたそうです。「でも、技術がない」「でも、お金が無い」「でも、暇がない」・・・
そんな人たちが大多数だったとか。
その時にどうしたら行けるようになるのかを考えず、でも・・・と自分で行けない理由をつけて動かない様子を見て、本当にエベレストに行きたいのではないと感じたそうです。


何か問題が起こった時、失敗した時やピンチの時。
例えば山で料理をしたりするための大切なものの一つであるコンロが壊れた時、
「どうしてこのコンロにしたの?」
「このコンロを持ってきた○○さんが悪い」
挙句の果てには「これを作ったお店が悪い」と人のせいにしてしまう人も、本当に山に登りたいという意志のある人ではないし、「部品が無いから直せない」という人も・・・。
どうしたらコンロが使えるようになるのか打開策を考えられる人が本当に意志のある人だとおっしゃっていました。

世界最高峰のエベレストに登る、と聞くと一般的には体力、技術、財力、周りのサポートも時間も・・・と様々な条件が揃わないと無理と思ってしまいがちですが、田部井さんはご自分がエベレストに登れたのは体力や技術ではなく登りたい意志が強かったから、と話していました。
意志はお金で買えるものでもないし、両親、家族、友達、同僚など他の人が作ってくれるものでもない。自分の中から生み出していくもの。意志が何よりも大切で「意志こそチカラ」と熱っぽくおっしゃっていました。



お話を伺った当時の田部井さんは69歳。声に張りがありテンポ良い話し方で、お声を聞いているだけでエネルギーに満ちている方だと感じることができました。とてもスカッとした魅力的な女性でした。

令和を迎える前に、田部井さんの登山への情熱に改めて触れることができ、自分の姿勢を振り返りつつ、また新しい時代を生きていきたいと思いました。









posted by ヒロリン at 15:36| Comment(1) | 番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月15日

沈黙

「自分だったらどうしただろうか?」というのがこの作品を読んで最初に感じたことでした。

遠藤周作の『沈黙』
彼の代表作であり、73歳で他界された時には棺の中に『深い河』と共に収められたそうです。



『沈黙』の舞台は江戸時代。キリスト教禁止令が出されていた長崎です。

「ある優秀な神父フェレイラが長崎で拷問を受けキリスト教を棄てた」という報告がローマ教会に入ります。

主人公のポルトガル司教ロドリゴはフェレイラを尊敬する弟子で、報告が信じられずその事実を確認するために危険をおかしてマカオから日本に潜入しますが、臆病者の信徒に裏切られ、長崎奉行所に囚われの身となってしまいます。

ロドリゴは神に救いを求めますが、神はただ沈黙を続けるだけ・・・。

そして彼は司祭でありながら、神の存在そのものに疑念を持つようになり、
ついに踏み絵に足をかけてしまう・・・という物語です。



作品の中には踏み絵を拒み、殉教の道を選ぶ農民。
心に痛みを覚えながら踏み絵に足をかけ、表面上は仏教徒として、でも心の中ではキリスト教を棄てることなく密かに信仰を持ち続ける信徒。

捕らわれて命を落とす司教や、信徒たちの命を救う為に自分の信仰を犠牲にする司教など、様々な人が登場します。


(今年は大浦天主堂を筆頭とする「長崎・天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」がユネスコの世界文化遺産に登録されました。
かつては「隠れキリシタン」ということが多かったようですが、最近では禁教時代を「潜伏キリシタン」、禁教解除後もカトリックに戻らずかつての信仰形態を守っている人々を「カクレキリシタン」と呼んで区別しているそうです。)



自由であることが当たり前の現代日本に生きる私たちからすると、想像することが出来ないほどの苦難。殉教しても、棄教しても、棄教したと見せかけて生きるのも苦しすぎる道。

長崎を訪れ、潜伏キリシタンや『沈黙』に関わる所を訪れた時には、自分でも驚くほど心が揺れ動きました。
踏み絵を前にした人たちは、特にマリア様の踏み絵にためらいを見せていたとか。ただ心ならずも踏み絵に足をかけ、必死の思いで信仰を守り続けた人々がいたからこそ「信徒発見」の奇跡や今に続くカクレキリシタンへと繋がっていくことを思うと、当時の一人ひとりの選択はそれぞれに意義があったと思わずにはいられません。

ちなみに、カクレキリシタンは、昭和初期から戦後におよそ3万人いましたが、若者の流出などで組織の解散が相次ぎ、現在は数か所しか残っていない、ということです。「大浦天主堂物語」より



長崎県外海町にある遠藤周作文学館は、ロドリゴがひと目を避けて日本上陸をはかった村が見下ろせる小さな岬の突端に建つ夕陽の名所。ある小春日和のお昼頃に訪ねましたが、角力灘に面したテラスからの眺望はまさに絶景で、青い海の穏やかな景色のあまりの美しさに、ずっと眺めていたいそんな気持ちになりました。その静かな海の美しさがまた悲しみを誘うのですが・・・。


おしまいにグレゴリオ聖歌が流れる文学館の中で出合った遠藤周作さんの「愛」のメッセージをご紹介します。

私は愛とは「棄てないこと」だと思っています。
愛する対象が━人間であれ、ものであれ━
どんなにみにくく、気にいらなくなっても、
これを棄てないこと。
それが愛のはじまりなのです。  『愛と人生をめぐる断想』より










posted by ヒロリン at 11:38| Comment(1) | 番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする