2015年01月10日

休み石

昨年末、仕事納めの後にほっとしたのか体調を崩してしまいました。
まさに気が抜けた状態だったのでしょう。
新年を迎えても、毎年欠かさなかった初詣に行けず、お正月のお餅も食べず、ひたすら静かに過ごしていました。

おかげ様で元気になり、2015年の仕事始めもつつがなく終えることが出来ました。


新年は何かしら目標を立てる方がいらっしゃると思います。
FM山形で毎週土曜日正午から放送している「Ride on Air」、この番組内で今年の抱負について話しました。
と言っても新しいものではなく、昨年の目標をそのまま継続して「いつもそこにいること」にしました。
目の前のこと、今に集中して時を過ごすという意味です。
そして、「感謝」の気持ちを忘れないこと。


昨年を振り返ってみると、世の中がギスギスしてきていると感じるニュースが増えてきたように思います。
東日本大震災の時に人と人との「絆」について再認識したはずでしたが、3年が過ぎこの気持ちも少しずつ薄らいできてしまっているのでしょうか?



静かに新年を過ごしている時に、山形県高畠町出身の童話作家 浜田広介(1893〜1973)のことを思い出しました。日本のアンデルセンとも言われ、芸術性豊かな童話を沢山生み出した方です。
『泣いた赤おに』『りゅうの目の涙』などでご存知の方も多いと思います。


浜田広介記念館を訪れた時に印象深かった 詩・文集『折節の歌』から
「道ばたの石」をご紹介させて頂きます。



筆者が少年の頃までは、道のはたに「休み石(やすみいし)」と呼ばれる石があったように思われる。重い荷を背中にしょって行く人が、ところどころで腰をおろして休めるようにしようとの、人間同士の心づかいの石。


自分が重いと思うことは、ひともそう思うのである。石の上に荷をあげてひと息休むということが気を楽にさせ、ふたたび背負う気持ちを出させる。それは、だれにも共通なもの。
したがって、だれにも大いに役立つ石というわけである。


世の文明が進むにつれて、田園の道路は広まり、改修され、「休み石」は邪魔者として取除けられた。もちろん、それでよいのであるが「休み石」にこめられた人間相互の思いやり━
人情までもかなぐり捨ててはならないこと、これも、もちろんなのである。




浜田広介さんは、深い思いやりのある方だったのでしょうね。


ひろすけ童話を読んでいると、人、動物、自然への温かい眼差しを感じます。
命をいとおしみ、人や世の中に尽くして生きていこうという思いを感じます。
人の善なる部分を信じ、子どもたちに向けて優しく語られている作品の数々、
大人になって読み返してみても心を打たれるものがあります。


ゆっくりと味わいながら、ひろすけ童話の名作をまた読んでみたくなりました。













posted by ヒロリン at 08:16| Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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