2015年08月31日

コミュニケーション

毎年司会させて頂いている仕事の中に、2人体制で手話通訳の方が入るものがあります。


ある程度の時間で交代しながら、式典の間、私の隣りで手話でお客様に内容を伝えています。そのような時は、スピードが速くなりすぎないよう、いつもより間をとりながらゆっくり話すよう心掛けています。

主催者、ご来賓の方々の挨拶など、その場で瞬時に手話で表現される様子を見て、いつも大変な技術だと思っていたのですが、今回新たな発見がありました。
手話を使われる方にとってはごく当たり前のことだと思うのですが・・・。



式典の後、懇親会の会場に移り歓談の時間になった時のことです。
場内はお客様のお喋りの声で賑やか、離れた距離の方と連絡を取り合うのは難しい状況でした。もちろん雰囲気を壊すような大声を出すことは出来ません。

司会中にスタッフの方とタイミングを確認する時などは、それこそアイコンタクトもありますが、手話通訳のお二人は、離れた場所から手話を使って情報を伝えあっていました。
きちんと会話が成り立っていたのです。

その時、「ああ、そうか。こういう時に私たちにも手話は多いに役立つのだ。」と気づかされました。




その数日後、身体障害者施設協議会の全国大会が仙台で行われ、その場で手話の話になった時のこと。あるスタッフの方は、もちろん手話が私たちにも大いに役立つと話していましたが、手話は手の動きだけでなく表情で伝える部分もとても多いので、その男性はそれがとても照れくさい、とも話していました。

悲しそうな表情や、嬉しそうな顔などで様々な気持ちを伝えるという手話。
何か特別なものと思っていましたが、日頃の私たちの会話と同じなのですね。




「話がうまい人」というと言葉の選び方や、話の組み立て方、内容の面白さや、言葉がはっきりしていて聞き取りやすいなどを思い浮かべますが、私たちは耳で聞くだけでなく目でも沢山の情報を得ています。話す方の雰囲気、表情の豊かさ、聞く人に訴えたい気持ちなどを、敏感にくみ取りながら話を聞いています。

言語だけではないコミュニケーションのあり方も、あらためて考えさせられた出来事でした。












posted by ヒロリン at 10:17| Comment(4) | 司会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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